2015年4月30日木曜日

銅と鉛と紙....とのこれから

memo。

しばらく、鉛筆によるドローイングを、ねちこく続ける予定。鉛筆絵師(大げさや〜!)の始動。
筋トレみたいなものだろか。その上で、版画による瞬発力をどう活かすかということを試していこうと思う。
フィギュアスケートに喩えると、鉛筆画が筋トレで、銅版画が演技てこと??
モチーフは、地獄のような桃源郷のような風景と、あるものを身にまとっている人物画。
創作ってほんとに、無限の可能性があるからやめられない。

ここ二年ほど、プロジェクトの立ち上げが続いた。ひとつは活字の再生を詩の言葉の力によって試みた「足りない活字のためのことば」展、もうひとつは短編映像の可能性を探るための「ハンズボン映像」展。
どちらも、自分にとって大切なプロジェクトになった。
「足りない活字......」のほうは、一段落して、いまはその余波によるものが残っていて。「ハンズボン」のほうは、今年8月のバロンさんとの競演と、来年のコンテンポラリーギャラリーでの展示(予定)を山場として、一段落しそう。


仕事のほうでは、もうしばらく、本の装画とデザインの仕事が続き......。
あとは、ウエブ上では、某美術雑誌のサイトのイラスト描き。
それから、或る作家さんとデザイナーさんと、プロダクト制作の企画。また別の作家さんが、わたしの銅版画のために掌編を書き下ろしていただけることになり、出来上がり次第某雑誌で発表する予定なのだ。この二つの企画に関しては、もう、ずっとどきどきしている。なにやら某だらけだけど。

こうして書き出してみると、こんな私でも、なにげにいそがしいではないか......?
鉛筆画が溜まって、方向性を見極めることができたら、個展の準備に入ろうと思う。
 
今後は、プロジェクトなどという大掛かりなことからは少し離れて、作家さんひとりひとりと、もしくは自分自身と向き合いながら、ひたすら、絵師としての可能性のなかで新しい地平をのぞんでいきたいと思う。そういう小さいことが、やっぱりなにより大切だということを、絵を描くことを通して、ほんのすこしだけど、知っている。


女神をなめていはいけません。

つかの間の休息ということで、ポランスキーの「チャイナ・タウン」(’74)と、「毛皮のヴィーナス」(2013)を観た。
毛皮のヴィーナスはめちゃツボだこれ。映画を観るときって、監督のセンスとか、ストーリーとかより、まず役者の演技をみるのがなにより好き。どんなB級映画でも、役者が魅力的なら楽しめる。それを存分に味わえる作品だった(これは、A級映画だけど)。
ポランスキー本人は、逸話がてんこ盛りなイメージで、やはり作品も変態なんだなあっていうのが役者を通して滲み出ていて。そういうのをじわっと感じる。なにより、品がいいし......。品のいい変態って、芸術家のひとつの理想なのでは?とか。
この二人の役者の作品をもっとみたいなあ、と思ったし、脚本も秀逸だった。愛についての考察が、思いのほか深い。





2015年4月29日水曜日

ラヒリ

ジュンパ・ラヒリを描いてみた。目ぢからのある女性の口を隠すと、アラブぽくなってしまう。また明日描きなおそう。ここのところ鉛筆で描くのが楽しい。鉛筆は楽しい。明日は、銅版画を。

鉛筆で美女をぼやぼや〜っと描く喜びって、なにかを思い出させる.....と、思ったら、フェルナン・クノップフの絵だった。あのへんの。ウィーンな感じと、銅版画の傷っぽいかんじを合わせてみたい。




2015年4月28日火曜日

野毛大道芸でゲルニカをみた!

入稿直前でしたが、ふりきって野毛大道芸へ。大島先生が招致したインドマジックをみるのが目的で、お友達(というか、目上の方ですが)を誘ってでかけてみた。お天気もよくて、散歩とビール日和。インドマジックは、どちらかというとお笑いマジックで、でも最後には、ばしいっと決めるところがなんともうれしい。観客も盛りあがってた。なかなかみられるものではない味わい深〜いものだった。
目的を果たしたあとは、ビール飲みつつおもしろそうなところで足をとめて、というお散歩モード。おもいのほか感動したのは、津軽三味線のユニット「せ三味ストリート」。二人羽織で三味線弾いたりとか、曲芸っぽいのをやっていたのに、アンコールだけガチの津軽三味線をたっぷり聴かせてくれて、なんかいつのまにか感動してた......!この、「いつのまにか」っていうのがいい。また、どこかでやってたら、みたいなと思った。
最後にみたのが「人間美術館」のゲルニカ。いろいろ芸をやったあとの最後の出し物だったみたいだけど。お客さんにいろんなポーズをさせて、絵を完成させるという芸...?地味〜なんだけど、あとからじわ〜っとくる。これは芸人さん本人がポーズしている絵の一部分ですが、さて、ゲルニカのどの部分にあたるのでしょうか.....?



これは、大道芸らしく、ピエロ君の写真です。インドマジック撮るの忘れた〜><。



インドマジック、イシャムさんの写真....大島先生のブログより。


2015年4月25日土曜日

ガーベラを一輪

土曜日だけど、打ち合わせをしなければならずばたばたした。飯倉のギャラリーに用事があったので、場所を六本木にしてもらったのに、結構長びいてしまって、その後、飯倉には行けず、あわてて、みなとみらいに引き返しながら、六本木にわざわざ行ったのはなんだったんだ?てことになった。まあ、そんなこともあり。

みなとみらいでは、お友達のバレエの発表会を観た。バレエは衣装も素敵だし、音楽も心地いい。お友達の出番をみたら、帰ろうかなあ。とおもっていたのに、可愛らしい子供のバレリーナ達がつぎつぎでてくるものだから、ついつい最後まで観てしまう。楽しかった。友達は心地良さそうに、丁寧に踊っていて、続けていけるものがあるっていいなあ。って改めて思った。帰りに花を配っていた。みんな沢山持って帰っていたけど、わたしはこの一輪だけいただいた。ガーベラって、なんだか、甘過ぎなくていい。好きな花です。



2015年4月24日金曜日

ちょっとひといきつけた

昔から、タイポグラフィーがすきです。デザインというものには、それほど興味はないんだけど、タイポの本は欲しい。

デザインは、なんで苦手かというと、パターンがいろいろつくれてしまうから。
絵は、そんなにパターンというものは生まれない。
でも、やっと、こんなかんじだー。というところにおちついたので、まあ、よかったあ。GW前に納品して、滞ってた他の仕事にもはいりたい。

このところ、ええ?ほんとですか?というような、うれしいことあり。あちこちあたりながらまっすぐ歩く、しかないのだとあらためて実感してる。

2015年4月22日水曜日

蓮花の効能

蓮の花を描いていると、なんだかとっても気持ちがよくなる。花弁がしっかりして見えるので、その柔らかさを描くのが至難ではありますが。







2015年4月21日火曜日

2015年4月20日月曜日

Mott The Hoople - At the Crossroads

昨日お友達になった、モーガン・フィッシャーさんはモット ザ フープルというバンドにいたそうです。
素敵なバンドです。グラムロック!







2015年4月19日日曜日

The Happy Medium !

ラフがまさかのダメ出しで、出直し。珍しくデザインも頼まれたけど、実はイラレもフォトショも自己流なので、あわてて指南書を買いに。デザインはやっぱり苦手。

そんななか、8月の終わりのハンズボン企画のために、ボードビリアンのバロンさんと新宿で飲み&打ち合わせ。実りある時間になった。DUGなんかはいっちゃったりして。選曲がよかった。バロンさんがどんどんアイデアを出してくれたので、8月のイベントはかなりおもしろくなりそう。必見です。

そして今日の夜は、デザイナーの友達のところに八重桜を見に行った。彼女のパートナーで画家のディビッドは昔ミュージシャンだったらしい。初耳だった。インディーズだったみたいだけど、かなりセンスがいいです。PVをiphoneでみせてもらってびっくり。
現役ミュージシャンのモーガン・フィッシャーさんも来ていて、一緒の帰り道、桜は二千種類あるんだよ〜と教えてもらった。キュートなおじさん。今度ライブに遊びに行く約束をした。

ディビッド(眼鏡のほう)のPVをリンクしてみた!

モーガン・フィッシャーさんのPV集はこちら。めちゃかっこいいです。
https://www.youtube.com/user/morganfisherart/videos






2015年4月14日火曜日

クリーチャーと女の子

このところ色鉛筆が気に入っています。鉛筆も使いこなしたいところです。いままとめている手製絵本『あまつぶ』をレイアウトしてみたら、とてもいいかんじに。これは、印刷に出したいなあとおもったけど......ちょっとまだ無理かなあ。当面は、zineという形でまとめてみます。





2015年4月13日月曜日

ガルバンゾさま

ひよこまめを常備しています。版画のモチーフにもします。なんだろう、この筋肉質なお尻みたいな形。




浮き世と戦争の肌質

今日は天気もよく、掃除とか紙の水張りとか、いろいろ予定していたんだけど、『浮き世の画家』カズオ・イシグロを朝からずっと読んでた。

この画家である主人公、小野老人の視点というか、意識といったものは、常にゆらゆらと揺らめいている。というより、揺らめいているのは、主人公の小野をとりまく世界のほうで。そのへんの描きかたのうまさはカズオ・イシグロのすごさなのかなと思った。
このような、バランスで書けるというのは、そうとうなデッサン力なんだなあ。小説のほとんどが、描写で成り立っているのだとすると......。
老画家の小野は極めて常識的な範囲の独善を持ち合わせている。画業の成功から、自尊心は高めであるが、それも、好人物としての範囲内にとどまっている。
では、なぜ、この良心的人物であり才能に恵まれた画家が、師の教えの通りに浮き世を描くことから、日章旗を前にして貧しくも善良な市民が意気揚々と武器を持つシーンを描くようになったのか。

戦争画のことは、ずっと気になっていた。正義感をもって、他愛もなくそれを描いた画家がほとんどだったのだともいえるけれど、ひとは、どこでどう間違うのか。いつも気になっていた。できれば、見極めてみたいというほどに強く興味があった。
驚いたのは、その難問がここではちゃんと描かれていることだった。ここまで、明確に、芸術を愛するものが戦争という過ちに思考からひきずられていく過程をしずかにみせているものを、ほかに知らない(わたしが、知らないだけなのだけど)。

読んで、感情的なものはなにひとつ浮かび上がらないのだけど、小野の師のモリが極めようとするも、戦争に向かう世の中に否定されていく「夜」の美しさが、どこまでもこころに広がっていくのを感じた。たったひとつのモリの言葉がこの小説をしずかに覆いつくしていく。その鮮やかさにただおどろくばかり。

戦争画を検索して、なにかここに添付しようと思ったのだけど、あまりにもその肌質の暗さに、やめた。さらには、戦争讃歌を山田耕作が作曲したり、佐藤春夫が作詞したりしているのをみつけ、暗澹とした気持ちになった。

そして、なににおいても、とにかく肌質というものは正直だとおもった。




 


2015年4月11日土曜日

シリウスと浮き世

このところ、紙の仕入れが多い。
今日は、日本オリオン社製の紙を。
シリウスにアルデバランにデネブ、と、星の名前がつけれられている。
シリウスは、きめが細かく、発色がいい。アルデバランは、銅版画にも適している。
デネブはつかったことがないなあ。

このところ、テクスチャーを指定されない仕事が続いているので、銅版画ではなく、
水彩色鉛筆で描いて、水でところどころ、のばして水彩画のように描いている。
来週、二点仕上げたら、また、銅版画にもどる。
季節がいいので、水仕事が楽そうだし。いまのうちに作品を溜めておかないと。

なんだか、とてつもなく眠い。

虫食いのようなめちゃくちゃ読書をしている。
で、ふっと本屋で手に取ったカズオ・イシグロの『浮き世の画家』を読み始めたら、これが、えらくおもしろい。以前からずっと気になっている戦争画家の話だった。戦争画家についての小説が、ちゃんとあるんだなあ。しかも、カズオ・イシグロ。
次回の読書会の課題はこれにしようか.....。

それにしても、この装幀って一体?日本の作家の海外翻訳版のペーパーバックデザインみたい。









2015年4月10日金曜日

ブルーブランケット

あまつぶドローイングの続き。週明けにはまとめられるかな。
このくまの名前はブルーブランケット。むかーし書いた掌編小説の主人公の名前。映画のTEDとか、クマのぬいぐるみがしゃべったりって話はたくさんあるけど。

くまはいつだって人間にとってのとても身近なともだち。



もうすぐ

ちまちま描いていた、あまつぶのドローイングのまとめできます。もうすぐ?
毎日、とっても眠い。雨のせいかな。寒さのせいかな。
一度凍って、解凍されるみたいな、不本意な状態でめざめてみたい。




2015年4月9日木曜日

野いちごはもうないのです

早稲田松竹でベルイマンの『野いちご』がかかっていたので、あわてて観に行った。
叙情に流されない安定感のある画面の輝きと美しさがベルイマンの魅力。
叙情に流されないといいながらも、奥行きと時空のあいまいさから目眩のように引き起こされる感覚は、ほかの映画にはない独特のもの。
何を語っているのか。大きな問いを投げかけているようで、
何も語ろうとしていない。
この画面から滲み出るような他者(映画)の苦悩は、鑑賞者を引きずり込もうなどという自意識がない。
だから、人生の虚しさが描かれているにもかかわらず、なぜだか暖かいものが残る。
不思議な監督だなあと思う。
おそらくは、その凛とした宗教観によるものだろうとおもうのだけれど。
知らない美しさに出会うことは、なににおいても幸福感を与えてくれる。
野いちごの無垢な存在は、純愛のみずみずしさの象徴のように、苦さに満ちた人生にひとしずくの清涼を授けるも、儚い。

以前、ほんっとうに心が疲弊していて、映画をみることができなかったことがあった。
理由は、目の前であれこれ動くものたちは、実際には「いま」いないから。
乱暴な言い方をすれば、映画を観るということは死んだものを眺めているような感覚だとそのとき思ったのだ。
疲れていた私の心は、生命そのものが放つエネルギーをもとめてた。
あのころ、病んでいたんだなあ。
今はもちろん、映画は命を持ち得ているとおもうし、大好きである。





このところ、打ち合わせ続き。がんばらないと、仕事。
すこしずーつ、すこしずーつ、片付いてます。数週間前の不調が嘘のように。
歩いていれば必ず景色は変わる。だから、生きていなくちゃならないんだなあ。

2015年4月7日火曜日

昼下がりのくま談義

雨あがりの午後にお茶会しました。

作家の多和田葉子さんと、サーカス招聘者であり研究者でもある大島幹雄さんと、三人で。
 
お二人には、不思議なご縁がありました。多和田さんの小説『雪の練習生』のなかに、主人公のシロクマの娘、トスカがサーカスでする芸「死の接吻」の相手、女調教師のウルズラというひとが出てくるのですが。この話、実話なのです。ほとんどの読者はこれが実話だと思っていません(わたしもそうでした)。そして、このウルズラの所属していた東ドイツ国立サーカスを日本に招聘したときの責任者が大島さんだったというのです。つまりは、シロクマのサーカスをフィクションの世界で描いた人と、同じサーカスを現実世界で扱ったひと、との顔合わせ......。
 
とても、楽しかったです。わたしにしてみれば虚構と現実の地平の続く風景を目の当たりにしているような気持ち。
話は大道芸に及び、どうやら投げ銭っていうのは、うまくいけば結構稼げるらしい(やろうかな)。という話でもりあがったり。

大島さんが、この東ドイツのサーカスを船旅しながら寄港のたびに船の上で公演をおこなうっていう実現できなかったプランがあった。というお話をうけて、多和田さんが、もし、その間に東ドイツが崩壊していたら、船の上のサーカス芸人は、帰る国がなくなってずっと船の上で暮らしたんでしょうね。という話をされて。
 
なんだか、クストリッツアの映画『アンダーグラウンド』のラストみたい。ちぎれた陸地が漂流していくのに、楽団がにぎにぎしく演奏を続け、人々は踊り続ける。というシーンが脳裏に浮かんで、うっとりするようなせつないような心地になりました。

この写真は、大島さんがお持ちになった、東ドイツ国立サーカス日本公演のパンフレットのページです。実際のウルズラ・ベッチャーさんとシロクマたちの写真。貴重なとても素敵なパンフレットでした。
 
 








2015年4月5日日曜日

きもちをプレス

ベルリンでワインをごちそうになって以来、三年ぶりくらいにお会いする作家さんに、なにか心のこもった贈り物を.....と考えて、印刷加工連の紙クリップに活版印刷で名入れをしてみました。おもてなしとか、おくりものとか、ってわたしはすごく悩んで悩んで、結局、無難なつまらないところになってしまうのだけど、これはなかなか瀟洒な出来ではないですか!われながら。
ひさびさに組版印刷して、重機萌えも満たされました。
よろこんでいただけるといいなあ。




2015年4月3日金曜日

さくらのかわりに

お花見しようと会ったお友達と代官山でお茶。
お天気悪く花見はしなかったけど桜のカップケーキを。これがとってもおいしかった。
annon cookで。ひさしぶりに会った友達と話すのはなごむ。

その後某ギャラリーの三周年パーティーに向かった。
パーティはひとがたくさん。
たまにはこういう空気も吸わないと。これまたひさびさに会った版画友達のHamaちゃんと、
情報交換。今度、横濱BankArtのスタジオで制作することになったそうで、
オープンスタジオに遊びに行くのが楽しみ。
わたしは最近の制作について、女の子ポートレイトシリーズをなんとしてもはじめたい。
と熱く語ってしまった。
スタンダードな表現のなかでなにか掴みたいというのは、潜在意識のうちにあるのかなあ。

Hamaちゃんのお父上は山伏だったそうで、なんかそのあたりのことを話しているうち、表現とかしないと生きていけない人間って、先祖代々からためこんできた業を洗い流す役割にちょうどあたってしまってるんじゃない?なんて、話になった。そういうのって、自分もちょっとこころあたりがある感覚だ。
人と話すとおもしろい発見がある。

だから、芸術家って(自分がそうであるか、はともかく)、遺伝子の人身御供みたいなものなのかも......





つづく

やっと復活できました。そして日々はつづく。

あいかわらず、やることたくさんだけど、まけないぞ。という気になってきた。
風邪といっしょにわけのわからないもやもやまでデトックスしてしまった?

このbloggerっていうのは、googleが運営しているせいなのか、なんでだろうというくらい、外国からの閲覧がある。

次回の読書会の課題図書担当なので、本屋でいろいろリサーチ。古井由吉の短編集をちょっと立ち読みして、ああ、しみるー。というくらい美文だった。ふむ。やっぱり、美しい文ていい。

ドローイングは「あまつぶあつまれ」。納得いかないけど、病み上がりなのでもう寝なくては。
「画家はまず体力いるんだよね」って、高校生のときの友人のお父様が画家で、当時、個展にお邪魔したときに言われた台詞。そのとき「私には無理だなあ」って思った。それくらい、昔から体力ない。
いまからでも鍛えて臨むか......

いろいろたのしくなってきた。
やっと春に追いつこうという気持ちに。
気持ちばかり気にしても......なんだけど。